M&Aとは、他企業/事業を買収・合併するということです。
買収・合併先は、同業の競合であったり、川上の企業・川下の提携先であることもありますし、新規市場に参入する目的で全く別の領域の企業であるケースも少なくありません。
M&Aとは具体的に、
「自社機能の強化、新規市場への参入等を目的として他の企業または事業を買収・合併する」ということです。
自社機能の強化も新規市場への参入も自社リソースで行える場合は、買収の必要はないものの、環境変化のスピードに鑑みた場合、自社が欲しい機能を既に有してる企業を買ってしまうことで、自社単独での構築にかかる時間を節約できます。
M&Aは、大きな金額が動くことから買いたい企業みつかりました、はい買いましょうみたいな安易な判断はできません。適切な検討ステップを踏み、社内で納得感のあるM&Aの判断を行う必要があります。 特に、後段で見るバリュエーション(=企業価値評価)に関しては、いくらまでなら出す価値があるのか、出せるのかを確りと示さなければ、株主に対する説明責任を果たすことはできません。
M&Aの全体像
M&Aのステップとしては、大きく下記4つに分けられます。
- M&A戦略策定
- ソーシング (=M&A候補先探し→ロング・ショートリスト作成)
- ディール実行
- PMI (M&A後の統合作業)
前回の記事では、1.M&A戦略策定と2.ソーシングのパートをご説明しました。これまででなぜ当該領域の企業の買収が必要なのか、そしてその目的に合致する企業はどこか、という2つの論点に答えることができていると思います。
そして続編となる当記事では(3)ディール実行からご説明します。
M&Aの個別ステップ
(3) ディール実行
M&A候補先が決まった後は、ディールを以下の流れで進めます。
⓪ 検討チーム組成 (FA選定、WG(ワーキンググループ)組成)
① NDA締結
② 初期情報開示
③ 初期評価・バリュエーション
④ LOI締結
⑤ DD (デューデリジェンス)
⑥ プロジェクション作成
⑦ バリュエーション
⑧ 契約交渉・DA締結
⑨ クロージング
上記ステップのうち、ディールの肝となる⑤以降の主要なステップのみ説明します。買収判断で最も重要なステップが、⑤DD (デューデリジェンス)となります。
DDとは、「買収候補が、自社にとって買収に資する会社であり、買収のリスクはない」 かどうかを多面的に調査することです。
一般的なDDの種類としては以下があります。対象会社の事業規模や業種によって、DDの範囲や深さを調整する必要があります。
- ビジネスDD (下記は検討テーマ)
- 戦略
- 事業計画
- R&D
- 調達・製造
- 販売・マーケ
- その他 (知財 等)
- コーポレートDD
- 財務
- 税務
- 法務
- 人事
- その他 (IT、環境、ガバナンス 等)
フルスコープでDDを行う場合、社内リソースだけでは、全てを検討することはできません。その場合、論点(買収判断を行うにあたって、答えるべき問い)を明確にした上で効率よくDDを行う必要があります。
また、資金的余裕がある場合かつ、リソースがひっ迫していたり、より精度高くDDを行いたい場合は、外部アドバイザーを起用することも一案です。
では、実際にDDをやる際にどのように進めていけばよいのでしょうか。
基本的には以下の流れでDDを進めていきます。
- 論点及び検証リストの作成
- 情報開示請求
- Q&A
- マネジメントプレゼンテーション・インタビュー
- (サイトビジット)
- DD結果の整理・報告書作成
1.の論点及び検証リストとは何かということですが、論点 (買収判断を行うにあたって、答えるべき問い) とその論点に答えるための検証方法を一元管理するシートととらえていただければと思います。
何を論点と設定すべきか、ということは案件のたびにクライアントからよく出る質問です。
論点を別の表現で言い換えると、「何を明らかにすれば、社長は買収判断ができるか」ということを考えれば自ずと導かれるはずです。論点は単に列挙すればよいということではありません。構造化し、どの問いに答えればどの上位論点をつぶせるかを俯瞰しながら進める必要があります。
例えば、ブレークダウンの始点となる論点は、以下2つとなるのではないでしょうか?
- 対象会社は買収に資する会社であり、リスクはないか
- 対象会社をいくらで買収するのが適切か
この2つの論点を各テーマ・あなたの属する業界特有の言葉も含めながらブレークダウンしていくこととなります。
ブレークダウンの際に注意してほしいのが、基本的には論点はYes, Noで答えられる問いの形にする必要があるということです。例えば、検証の論点が「事業計画のうちの売上」だけでは何を検証するのか、どのようなことに答えを出すのか全く不明です。
このような場合は、より具体的に「事業計画の売上計画は妥当か」といったように問いの形にし、妥当と言うためには、どのような問いにさらに答えなければいけないかを考えると良いでしょう。
例えば、「売上の前提となっている販売数量の伸びは、市場成長率と比べ、妥当か」×「売上の前提となっている販売単価は、市場平均値・主要競合の価格と比べ遜色ないか」等のようにブレークダウンを行っていくのです。
論点をブレークダウンしたら、余力があれば、それぞれの論点に対して仮説を立ててください。仮説を立てることで、検証がぐっと楽になります。
では仮説とは何なのでしょうか。それは「現時点での仮の答え」です。 例えば、先で見た例の「 売上の前提となっている販売数量の伸びは、市場成長率と比べ、妥当か 」という問いに対して、仮説では「対象会社の主戦場である中国市場の市場の伸びは10%程度であり、それと比べ、大きく乖離はしていない」と設定をした場合・・・
上記仮説を検証する際の検証事項は以下となるのではないでしょうか。
「①対象会社の販売数量の成長率と②中国市場における販売数量の成長率に乖離がないこと」
仮説がなければ、まずどの市場の伸びを見るべきか、その伸びと対象会社の伸びをどのように比べるべきか、をデータが来てから考え始めることとなります。
データを集めて、さぁ考えようという思考で起こることはただ一つです。
「出口がみえなくなる」
大量のデータに埋もれ結局何を検証したかったのかわからなくなる状況に陥ります。 答えるべき問いを明確にし、粗々でもよい仮説を設定してこと、時間的制約のあるDDで効率良く、買収判断へ向けた材料を揃えることができるのです。
一通り論点と検証事項を整理できたら、それぞれどのように検証するのかを記載していきます。
例えば、対象会社から該当データをもらえばすむのか、Q&Aの形で聞いていく必要があるのか、マネジメントインタビューで深掘りして聞いていく必要があるのか、工場等現場を視察する必要があるのかといった具合です。
それぞれ、検証方法を記載したら、各項目に対する期限と担当者を明確にします。対象会社から提供されるデータやQ&Aでの回答は膨大な量です。それぞれの担当領域に責任を持ち、検討を進めていくことが効率的な運営には必要です。
それぞれの論点に対して答えが出せたら、それをDD発見事項として整理する必要があります。その結果を後段で見ていく事業計画に反映し、バリュエーション(対象会社の価値)を行っていくこととなります。
次に、⑥ プロジェクション作成と ⑦ バリュエーションを説明します。
プロジェクション作成とは、「対象会社から出てきた事業計画(マネジメントケース)の前提値を修正し、修正事業計画を作成すること。さらには、自社とのシナジーを反映したシナジーケースを作成すること」
主論点である「 2. 対象会社をいくらで買収するのが適切か」これに答えを出すためにやることがプロジェクション作成とバリュエーションとなります。
バリュエーションの基となるのが、プロジェクションです。対象会社から事業計画を提供してもらうが、大体のケースで対象会社が提示する事業計画はバラ色(強めの事業計画)になっています。例えば、売上の前提となっている販売数量が市場成長率より高めに設定されていたり、過去トレンドと比べ、計画期間で急激な伸びとなっている等です。
対象会社の事業計画をマネジメントケースと呼ぶますが、まずは、マネジメントケース時点でバリュエーションを行います。次に、マネジメントケースのうち上記のおかしな前提がないか精査し、現実的な修正事業計画を作成するのが次のステップです。
修正事業計画はどのように作りこむべきでしょうか。これは別記事にて詳細に説明したいと思いますが、基本的には対象会社から受領した事業計画の実績値をブレークダウンし、それを操作するパラメータに分けることから始めます。
事業計画のうちの実績値をブレークダウンするとはどういうことかというと、例えば、売上=販売数量×単価と分解していくことです。このように単純に分けることができればよいですが、多数の製品を有している場合は、製品別で数量と単価が分解できるはずです。
さらに、コスト面も分解し、まずは人件費、地代家賃等、代表的なコスト項目ごとで分解します。人件費の場合は、さらに、一人あたり平均人件費と社員数のように分解できるでしょう。
このように実績値を分解していき、主要なパラメータを取り出せたら、そのパラメータを何と比べ、妥当か判断していくかを検討していきます。
例えば、販売数量だと先の例でみたように、市場成長率と比べたり、競合の成長率と比べたり、過去トレンドと比べたりといった形で将来計画値の妥当性を検証していくのです。
この際、対象会社の事業計画の前提が不明な場合は、追加で情報を要求したり、Q&Aシートで回答を受領したり、マネジメントインタビューを実施して前提を明らかにしていくことが必要となります。
修正事業計画でもバリュエーションを行い対象会社単独での価値はいくらかをはじくこととなります。 そして、最後に自社とどのようなシナジーがあるかを特定し、対象会社を買収した後にどれだけ成長が見込めるかシナジーケースを作成し、バリュエーションを行うというのが大きな流れです。
シナジーは①売上シナジーと、②コストシナジーがあり、それぞれどの程度修正事業計画の増減に影響するか数値化することが必要となります。
では、テクニカルにバリュエーションをどうやるかということですが、それはここでは割愛し、専門的な書籍に委ねたいと思う (要望があればアップします)バリュエーションの前提となるのは、対象会社が生み出すFCF(フリーキャッシュフロー)やEBITDA、そしてWACC (割引率)等です。
バリュエーションの手法は数多くあるのですが、代表的な手法としては、
- インカムアプローチ:以下、DCF法
- 将来的に生み出すFCFをWACCで割り引いて、事業価値を出していく。その事業価値等を基に、その他情報と併せて起業価値を算出する方法
- 将来的に生み出すFCFをWACCで割り引いて、事業価値を出していく。その事業価値等を基に、その他情報と併せて起業価値を算出する方法
- マーケットアプローチ:以下、EBITDAマルチプル法
- 上場企業かつ事業が類似している企業の事業価値がEBITDAの何倍で取引されているか、その平均値・中央値を算出し、その倍率を対象会社のEBITDAに掛け合わせ、事業価値を算出し、その他情報と併せて企業価値を算出する方法
ここまでで、DD・プロジェクション・バリュエーションを見てきましたが、これらは一体何をやっているのかを別の言葉で説明すると「①これまでどれだけの業績を生み出してきたか、②どのようなメカニズムによって①業績を生み出してきたのか、③そのメカニズムは今後も継続できるか、④今後継続できるとすると今後どれだけの業績を生み出していけるか 」 この①~④を明らかにするためにこれら作業が必要となるとご認識ください。
これら結果を取りまとめ、各論点に対する答えが出ているはずです。主論点である、
- 「買収候補が、自社にとって買収に資する会社であり、買収のリスクはない」
- 「 対象会社をいくらで買収するのが適切か 」
ということに答えを出せており、理由は3つである ①XXX、②XXX、③XXXといった形で結論を完結に説明できると良いです。
適宜、サポート資料として対象会社の情報や競合比較スライドを図解し、経営陣に理解できる形で説明し、円滑な意思決定を促すことも経営企画部としての役割です。
続いて、⑧契約交渉・DA締結のステップとなりますが、これは専門書籍に譲りたいと思います。
契約交渉では、こちら側が実施したバリュエーションを提示しますが、そっくりそのまま妥結価格になることはなく、対象会社に契約書を提示した後、数回のやり取り・交渉を行い、価格面や条件面のすり合わせを行っていくこととなります。
M&Aのディール関連 (DD、バリュエーション、契約など)でおすすめの書籍は以下です。
M&Aを成功に導く ビジネスデューデリジェンスの実務(第4版)
外資系金融のExcel作成術: 表の見せ方&財務モデルの組み方
(4) PMI (M&A後の統合作業)
M&A後はPMIが必要となりますが、M&A後にどのようにPMIをすべきかを検討を開始するのでは手遅れです。
DD期間中からPMI計画も策定しておき、対象会社をどのように自社組織・機能に取り込んでいくのか、どのようなステップで取り込んでいくのか、だれが主導していくのか、いつまでに何をやっていくのか等、計画をあらかじめ策定しておくことが肝要です。
理想的にはM&A後のPMIで担当者となる予定の社員が、M&AのDDを主導していくことが望ましいです。M&A後は、上記計画に沿って対象会社にガバナンスをきかせていくことが急務となり、なるだけ早期にPMI作業を完了することが重要となります。
日本企業のM&A失敗の原因の代表的な原因として、このPMIがありますが、それは計画がとりあえず買ったが、あとはどうすればよいか、だれが責任者として管理していくのか、等不明確であることが理由であることが多いのです。
PMIでは、ガバナンス体制、管理するKPI、モニタリング方法・頻度を確りと定め管理していくことが重要となります。
PMI関連でおすすめの書籍は以下です。
ポストM&A 成功戦略―企業価値を最大化する統合の実践シナリオ
今後のステップ
PMI後は、対象会社の製品等を活用しながら、成長を目指していくこととなりますが、M&A後に技術上の問題が発生したり、組織文化的に合わなかったり、思った以上の実績を上げられない等、発生します。
その場合には、その買収した会社の扱いを考えなければなりません。
問題が発生してから、その扱いを一から考えることは。打ち手のスピード感としては遅すぎます。全社戦略の中のポートフォリオ管理方針の中で、一定の基準を満たしていない企業の撤退基準と撤退方法を予め定めておくことが重要となります。
コメント